倉庫M&Aで見落とされやすい論点の一つが、倉庫管理主任者と倉庫業登録にひもづく変更手続きです。売り手と買い手の関心は、どうしても荷主契約、倉庫の立地、賃貸借契約、設備の老朽化、WMS、庫内作業の採算に寄りがちです。しかし営業倉庫として他人の物品を預かる事業は、登録、施設基準、倉庫管理主任者、寄託約款、料金、定期報告などの行政実務で支えられています。株式譲渡なら法人格が変わらないから大丈夫、事業譲渡なら契約だけ移せばよい、という整理で進めると、クロージング後に届出漏れや管理者不在が発覚し、荷主への説明、社内決裁、行政窓口とのやり取りが後追いになります。
本稿では、倉庫M&Aのデューデリジェンスで倉庫管理主任者、変更登録、軽微変更届、料金設定変更届、定期報告をどう確認し、価格条件とPMIに落とすかを実務目線で整理します。既存記事の倉庫業登録と許認可をM&A前に確認するポイントでは許認可全体を概観しましたが、本稿はより現場運用に近い「クロージング後に営業を止めないための管理体制」に絞ります。行政手続きの期限や要否は案件のスキーム、倉庫の種類、管轄運輸局の確認事項によって変わり得るため、最終判断は必ず管轄窓口と専門家に確認してください。

結論:倉庫管理主任者DDは「人事確認」ではなく営業継続DD
倉庫管理主任者は単なる現場責任者名ではありません。営業倉庫の安全管理、施設管理、倉庫管理業務の適正運営、労働災害防止、従業員研修などを束ねる実務上の支点です。国土交通省は倉庫業法の説明ページで、倉庫業を営むには登録が必要であり、登録にあたって保管物品に応じた施設基準の充足や、倉庫ごとに一定の要件を備えた倉庫管理主任者の選任が必要になる旨を示しています。つまりM&Aの買い手から見ると、管理主任者の確認は「誰がいるか」ではなく、「その人が辞めても、登録・安全・教育・報告が継続できるか」を見る作業です。
DDで押さえるべき結論は三つです。第一に、株式譲渡、事業譲渡、合併、会社分割のどのスキームでも、登録主体、倉庫施設、役員、営業所、料金、寄託約款、定期報告のどれが変わるのかを手続き単位に分解します。第二に、倉庫管理主任者がオーナー社長、親族、古参現場長のいずれか一人に集中している場合、退任時期、雇用継続、後任候補、講習受講の手当てをクロージング条件に入れます。第三に、行政手続きは契約書の表明保証に書くだけでなく、Day1から30日以内、100日以内に誰が何を提出するかまでPMI表に落とします。
| 確認領域 | DDで見る資料 | PMIで決めること |
| 登録主体 | 登録通知書、倉庫明細、営業所一覧、会社登記 | スキーム別の届出・承継手続き、管轄窓口への事前相談 |
| 倉庫管理主任者 | 配置表、資格要件確認、講習修了、職務分掌 | 退職防止、後任候補、研修計画、引継ぎ期間 |
| 施設・設備 | 登録面積、倉庫種別、施設監査票、修繕履歴 | 基準不適合の是正、用途変更、追加投資 |
| 料金・約款 | 料金表、寄託約款、掲示・ウェブ掲載状況 | 料金変更届、荷主通知、契約改定スケジュール |
| 報告・事故 | 定期報告、事故届、行政照会、是正履歴 | 未提出の解消、事故再発防止、管理帳票の統一 |
1. まずM&Aスキームごとに「登録主体が変わるか」を分ける
倉庫M&Aの行政手続きは、取引スキームの整理から始まります。株式譲渡では、営業倉庫を営む法人そのものは変わらず、株主が変わります。そのため、登録主体の同一性は維持されるのが通常です。一方で、役員、商号、本店所在地、営業所、資本金、連絡先、料金、倉庫施設の使用権原などが変わる場合は、別途届出や変更登録の確認が必要になります。特にオーナー社長が代表取締役と倉庫管理主任者を兼ねているケースでは、株式譲渡であっても「株主だけの変更」とは言い切れません。代表者変更、退任、雇用契約、現場指揮命令の変更が同時に起きるからです。
事業譲渡では、倉庫事業の運営主体が買い手側に移るため、登録、営業譲受、契約承継、施設使用権原、倉庫管理主任者の配置を一体で見ます。営業倉庫の利用者から見れば、預け先の法人が変わる、請求元が変わる、寄託約款や料金表の提示主体が変わる、事故時の連絡先が変わる、という実務上の変化が出ます。倉庫業法上の届出・認可・登録のどれに当たるかは、発券倉庫業者か非発券倉庫業者か、営業譲受か合併・分割か、施設を追加するかによって確認が必要です。国土交通省の申請書式一覧にも、営業の譲受届出、法人の合併届出、法人の分割届出、発券倉庫業者の営業譲渡譲受認可など、スキーム別の様式が並んでいます。
会社分割や合併では、法務・会計上は包括承継に見える場合でも、倉庫業法上の手続きが自動で完結するとは限りません。DDでは「包括承継だから大丈夫」と書くのではなく、対象倉庫の登録番号、倉庫種別、面積、営業所、管理主任者、発券業務の有無、寄託約款、料金、定期報告の提出者を一覧化し、管轄運輸局との事前相談で必要書類と提出時期を確認するのが安全です。M&A契約書には、必要な行政手続きの完了または受理、クロージング後の協力義務、未了の場合の対応を明記します。
2. 倉庫管理主任者は「選任済み」だけでは足りない
倉庫管理主任者DDで最も危ないのは、売り手から「選任しています」と聞いて終わることです。確認すべきなのは、選任の事実、対象倉庫との対応、要件の根拠、職務の実態、退任リスク、後任候補の六つです。国土交通省の倉庫業法ページは、倉庫ごとに一定の要件を備えた倉庫管理主任者を選任する必要があると説明しています。また日本倉庫協会の倉庫管理主任者講習ページでは、倉庫管理主任者は国家資格そのものではなく、講習の受講は選任要件の一つを満たすためのものだと説明されています。したがって、講習修了証の有無だけでなく、実務経験要件で選任している人がいるか、講習ルートで選任している人がいるか、社内でその根拠を説明できるかまで見ます。
特に中小倉庫会社では、倉庫管理主任者が経営者本人、経営者の親族、または創業期からいる現場長であることが少なくありません。この場合、M&Aで経営者が退任すると、登録上の管理者が実務から離れる可能性があります。買い手が大手物流会社であっても、対象倉庫の現場に通える人、当該倉庫の運営を理解している人、荷主・従業員から見て責任者として機能する人をすぐに配置できるとは限りません。DDでは、管理主任者ごとに年齢、雇用形態、兼任倉庫、退職予定、引継ぎ意思、講習修了または実務経験の証跡、事故対応経験、従業員教育の実施状況を確認します。
買い手が見落としがちな点は、倉庫管理主任者の役割が法令上の名義だけでなく、現場の暗黙知を含むことです。火災防止、施設管理、労働災害防止、現場教育、危険品・冷蔵品・トランクルームなど特殊物品の扱い、荷主別の入出庫ルール、夜間休日の連絡系統は、帳票だけでは完全に引き継げません。倉庫管理主任者がM&A後すぐ退任する案件では、買い手がPMIで作業標準書を整える前に、事故・クレーム・遅配・棚卸差異が出やすくなります。価格交渉では、後任育成コスト、一定期間の顧問・雇用継続報酬、クロージング後の在籍条件を定量化すべきです。
- 倉庫ごとの倉庫管理主任者配置表を入手し、登録倉庫一覧と突合する。
- 各主任者の選任根拠を、実務経験、指導監督経験、講習修了などの証跡で確認する。
- オーナー、親族、退職予定者、嘱託社員に集中している倉庫を赤信号にする。
- 兼任がある場合は、倉庫の位置、規模、管理実態、現場到達時間を確認する。
- 後任候補を最低二名置き、講習受講やOJTの計画をPMIに入れる。
3. 変更登録・軽微変更届・料金届出を「期限付きタスク」にする
倉庫M&Aで管理表に落としやすいのが、変更登録・軽微変更届・料金設定変更届・役員変更届・定期報告です。国土交通省の倉庫業法ページには、変更登録、軽微変更届出、寄託約款の届出、営業の譲受届出、法人の合併・分割届出、料金設定変更届出、役員選任・変更届出、事故発生の届出、期末倉庫使用状況報告、受寄物入出庫高及び保管残高報告などの様式が掲載されています。様式一覧を見るだけでも、M&Aが行政手続きと密接に連動することが分かります。
DDでは、各手続きについて「必要か不要か」だけでなく、「誰が判断するか」「いつ提出するか」「提出前に何を直すか」を決めます。たとえば、倉庫施設の追加、用途変更、保管物品の変更、冷蔵設備の更新、危険品倉庫の区画変更、営業所所在地の変更は、登録内容や施設基準との関係を確認します。買い手が取得後にWMS刷新、ラック増設、温度帯変更、自動倉庫導入を予定している場合、M&Aの時点では問題がなくても、PMI投資が変更登録や事前確認の対象になることがあります。荷主契約DDや賃貸借・消防法・用途地域の確認とつなげて、施設変更の前後関係を見ておくべきです。
料金設定変更届も、単なる届出書類ではありません。買い手が買収後に保管料・荷役料・附帯作業料を見直す場合、荷主契約上の改定手続き、標準倉庫寄託約款との整合、料金表の掲示・ウェブ掲載、行政届出、請求システム変更、営業担当の説明を同じスケジュールに置く必要があります。価格DDで「値上げ余地あり」と評価しても、料金改定の届出・荷主説明・契約改定が遅れれば、買収後のキャッシュフローには反映されません。これは直近記事の保管料改定を価格とPMIに織り込む論点ともつながりますが、本稿では行政手続き側から同じ課題を見ています。
4. DD資料リスト:最低限ここまで取る
倉庫管理主任者・登録変更DDで取得したい資料は、許認可ファイルだけでは足りません。登録書類、行政提出書類、現場教育資料、事故・クレーム資料、料金表、荷主契約、施設図面、保険、労務資料を横断して見る必要があります。売り手の資料管理が弱い場合は、資料がないこと自体をリスクとして扱います。行政提出書類が古い、倉庫明細と現場面積がずれている、料金表の最終更新日が不明、倉庫管理主任者の配置表が現場の実態と合わない、といった状態は、買収後に修正できても、その間の説明負荷が大きくなります。
- 倉庫業登録に関する通知書、登録番号、管轄運輸局、営業所・倉庫ごとの一覧。
- 倉庫明細書、図面、面積表、保管物品の種類、倉庫種別、施設基準に関する確認資料。
- 倉庫管理主任者の配置表、選任根拠、講習修了証、職務分掌、研修記録。
- 過去三年分を目安にした変更登録、軽微変更、役員変更、料金設定変更、寄託約款関連の提出控え。
- 期末倉庫使用状況報告、受寄物入出庫高及び保管残高報告などの定期報告控え。
- 事故届、重大事故の社内報告、保険金請求、行政照会、是正報告、再発防止策。
- 現行料金表、ウェブ掲載ページ、荷主別の個別料金、未請求作業、値上げ交渉履歴。
- 役員・現場責任者の退任予定、雇用継続条件、競業避止、顧問契約案。
資料を取得したら、登録情報と実態を突合します。登録上は普通倉庫なのに実態として冷蔵・定温に近い管理を売りにしている、野積倉庫の区画と実際の保管範囲が曖昧、借地借家契約上の使用権原が切れかけている、管理主任者が別拠点中心で対象倉庫にほとんど来ない、料金表にない作業を無償で行っている、といったズレを抽出します。ここで重要なのは、直ちに違法と決めつけることではなく、登録、契約、現場、請求、荷主説明のどこを補正すれば営業が安定するかを整理することです。
5. 価格調整・表明保証・前提条件に落とす方法
行政手続きのリスクは、抽象的な「法令遵守リスク」として表明保証に入れるだけでは弱いです。買い手は、金額影響、クロージング条件、補償、PMIタスクに分解して扱うべきです。たとえば、倉庫管理主任者が退任するなら、後任採用費、講習費、一定期間の顧問料、現場教育コスト、事故リスクを価格調整またはクロージング後支払い条件に入れます。施設の登録情報と現場実態にズレがあるなら、是正工事費、行政確認期間、使用制限の可能性、荷主説明費用を見ます。料金届出と荷主契約改定が必要なら、値上げ反映時期を保守的に置き、買収価格のEBITDA倍率にそのタイムラグを織り込みます。
表明保証では、登録内容が真正か、必要な届出・報告を提出しているか、行政処分・是正命令・重大な照会がないか、倉庫管理主任者が要件を満たして選任されているか、定期報告に虚偽や重要な漏れがないか、料金表・寄託約款・掲示に重大な不備がないかを具体化します。ただし、表明保証は問題が起きた後の補償の入口にすぎません。営業倉庫のM&Aでは、問題が起きないようにクロージング前に行政窓口へ相談し、クロージング後の担当者、提出予定日、必要添付書類を固める方が実務的です。
前提条件としては、重要倉庫について倉庫管理主任者の継続勤務契約を締結すること、必要な行政手続きの事前相談を完了すること、未提出の定期報告を補正すること、重大な登録情報の齟齬について是正方針を合意すること、買い手が予定するPMI投資について変更登録等の要否を確認することが考えられます。売り手側から見ても、これらを先に整えることで、買い手の不安を減らし、価格交渉で不要なディスカウントを避けやすくなります。

6. PMIカレンダー:Day1から100日までに何をするか
倉庫管理主任者・登録変更DDは、PMIカレンダーとセットで意味を持ちます。DDで問題を見つけても、誰が、いつ、どの順で対応するかを決めなければ、クロージング後に「担当部署待ち」になります。物流会社が買い手の場合、法務、総務、営業、現場、WMS担当、施設管理、経理がそれぞれ動くため、管理者を一人置いても実務は分断されます。Day1に荷主から問い合わせが来たとき、倉庫管理主任者、営業担当、PMI責任者、行政手続き担当の説明が食い違わないように準備します。
クロージング前60日から前日まで
まず、登録倉庫一覧、倉庫管理主任者配置表、役員・営業所・料金・約款・定期報告の手続き棚卸しを完了します。管轄運輸局に、予定スキームと変更点を説明し、必要手続きと提出時期を確認します。売り手には、未提出報告、古い料金表、現場実態と登録情報のズレを洗い出してもらいます。買い手は、後任候補者の選定、講習受講計画、現場引継ぎ日程、荷主への説明文案、料金改定の方針を決めます。ここで一番避けたいのは、クロージング後に初めて行政窓口へ相談し、想定より時間がかかると判明することです。
Day1から30日まで
Day1では、倉庫管理主任者、現場責任者、営業担当、事故連絡先、請求元、荷主窓口を整理し、社内外に同じ説明を出します。役員変更、商号・所在地変更、料金設定変更、営業譲受、合併・分割など、期限がある手続きはカレンダーに落とし、提出者、押印・添付書類、行政窓口、控えの保管先を決めます。倉庫管理主任者が退任予定の場合は、後任候補との同行、火災・労災・品質事故の訓練、荷主別ルールの引継ぎを前倒しします。定期報告の提出期限が近い場合は、買い手の会計・WMSデータと売り手の帳票の整合を早めに確認します。
31日から100日まで
31日から100日までは、行政手続きの完了確認、現場教育、料金・約款・契約の整合、事故再発防止、KPI化を進めます。倉庫管理主任者が属人的に行っていた点検、研修、鍵管理、温湿度管理、危険品管理、棚卸差異対応を標準作業に落とします。料金表にない無償作業を洗い出し、営業担当と荷主ごとの改定ロードマップを作ります。WMS刷新やラック更新を予定している場合は、施設変更・消防・賃貸借・荷主契約の影響を再点検します。労務DDや物流効率化法対応の記事で扱った現場負荷・荷待ち時間の論点も、この100日計画に組み込みます。
7. モデル事例:三拠点の営業倉庫を同業が承継したケース
以下は実在企業ではなく、複数案件で起こりやすい論点を組み合わせた匿名のモデル事例です。地方で三つの営業倉庫を運営するA社は、後継者不在を理由に同業のB社へ株式譲渡を検討しました。A社の業績は安定しており、主要荷主との関係も良好でしたが、DDで三つの問題が見つかりました。一つ目は、倉庫管理主任者が創業者である社長と古参現場長の二名に集中し、社長はクロージング後六か月で退任予定だったことです。二つ目は、倉庫の一部で荷主の要望に合わせた低温管理を行っていたものの、登録内容・設備説明・料金表の整理が古いままだったことです。三つ目は、料金表にない流通加工を無償で受けており、買収後の採算改善には料金改定と荷主説明が不可欠だったことです。
B社は、当初の価格提示を単純に下げるのではなく、条件を分けて合意しました。社長には六か月の顧問契約を結び、古参現場長には二年間の継続勤務条件を提示しました。B社側から後任候補二名を選び、クロージング前に対象倉庫へ通わせ、倉庫管理主任者の業務、事故時連絡、荷主別ルールを引き継ぎました。料金改定については、Day1で即時値上げするのではなく、行政届出、料金表整備、荷主別説明、契約更新時期を合わせた九か月計画にしました。登録内容と実態に差がある部分は、管轄窓口へ事前相談し、必要な手続きを確認したうえでPMIタスクに入れました。
この事例のポイントは、リスクを見つけて破談にするのではなく、営業継続に必要な人・書類・手続き・荷主説明を条件化した点です。倉庫管理主任者DDは、買い手の粗探しではありません。売り手が長年積み上げた現場運営を、買い手が継続可能な仕組みに変えるための翻訳作業です。特に地域密着型の倉庫会社では、管理主任者と荷主担当が同じ人であることも多く、法令手続きと顧客対応を切り離すとPMIが失敗します。
8. 売り手が事前に整えると評価が上がるポイント
売り手にとって、倉庫管理主任者・登録変更DDは、買い手から質問されてから慌てて資料を探す領域になりがちです。しかし事前に整えておくと、買い手の不安が下がり、事業承継の実現可能性が高まります。最初にやるべきことは、登録倉庫一覧と倉庫管理主任者配置表を最新化することです。倉庫名、所在地、面積、種別、保管物品、営業所、管理主任者、選任根拠、退任予定、代替候補を一枚にまとめます。次に、過去の変更届、料金届、定期報告、事故報告の控えを時系列に整理します。提出控えがない場合は、いつ、誰が、どの窓口へ出したかを確認し、必要に応じて管轄窓口へ相談します。
さらに、オーナー依存を下げる準備も重要です。社長だけが行政窓口、荷主交渉、事故対応、倉庫管理主任者業務を握っている会社は、買い手から見るとPMI負荷が高く映ります。譲渡を考え始めた段階で、現場長や若手幹部を倉庫管理主任者候補として育成し、講習受講、点検、研修、荷主説明に関与させておくと、買い手は承継後の運営をイメージしやすくなります。料金表と実際の請求のズレ、無償作業、口頭約束も先に整理し、必要なら荷主との契約更新時に書面化します。
売り手が避けるべきなのは、「昔からこれでやっている」「行政から指摘されたことはない」「現場の人間なら分かる」という説明で終わることです。M&Aでは、買い手の社内稟議、金融機関、顧問弁護士、行政窓口、保険会社、荷主が同じ情報を見る可能性があります。暗黙知を文書にし、変更点をカレンダーにし、後任体制を示すことが、価格と成約確度の両方に効きます。
9. 買い手が避けたい典型的な失敗
買い手側の典型的な失敗は、法務DDで登録書類だけ確認し、現場PMIに引き継がないことです。登録通知書があり、行政処分がないことを確認しても、それだけではDay1の営業継続は担保されません。倉庫管理主任者が退任する、料金届出が必要な改定を営業部が勝手に進める、定期報告の担当がいなくなる、WMS刷新で報告データが出なくなる、施設改修が登録内容とずれる、といった問題は、クロージング後に現場で発生します。DD報告書には、リスクの説明だけでなく、PMIオーナー、期限、必要資料、行政窓口、社内承認者を入れるべきです。
また、買い手が自社の管理レベルをそのまま押し付けることにも注意が必要です。買い手の標準帳票、事故報告、研修制度、料金体系が優れていても、対象倉庫の荷主、従業員、施設、地域慣行に合わなければ混乱します。特にM&A直後は、荷主が「担当者が変わった」「料金表の説明が変わった」「事故時連絡が遅くなった」と感じやすい時期です。倉庫管理主任者の引継ぎでは、買い手の制度を導入する前に、売り手の現場が何を理由にその運用をしてきたかを聞き取ります。
最後に、管理主任者と労務の切り分けにも注意します。倉庫管理主任者が労働災害防止や従業員研修に関与している場合、買い手の安全衛生体制、フォークリフト教育、派遣社員の管理、夜間作業ルールと接続します。これはフォークリフト人材・派遣契約・安全衛生をPMIで崩さない実務と同じ問題の別角度です。人を残すだけでなく、その人が持つ安全文化と現場教育を残すことが必要です。
10. 参照すべき一次情報・公的情報
本稿の制度面は、2026年5月11日時点で確認できる国土交通省、日本倉庫協会、e-Gov等の公開情報を参照しています。制度や様式は改正される可能性があるため、実際の案件では最新ページと管轄運輸局の案内を必ず確認してください。特に国土交通省の倉庫業法ページには、倉庫業の概要、倉庫業関連法令、倉庫管理主任者マニュアル、施設監査票、申請書式、標準約款、定期報告、事故発生届など、M&A DDで確認すべき資料へのリンクがまとまっています。
- 国土交通省「倉庫業法」:倉庫業の登録、倉庫管理主任者、関連法令、申請書式、標準約款、監査票等の入口。
- e-Gov法令検索「倉庫業法」:登録、倉庫管理主任者、倉庫証券、監督等の法令本文。
- e-Gov法令検索「倉庫業法施行規則」:倉庫管理主任者の要件・業務、報告様式等の確認。
- 日本倉庫協会「倉庫管理主任者講習について」:講習の位置づけ、開催予定、受講時の注意点。
- 中部運輸局「倉庫業について」:変更登録、届出、定期報告、事故時の手続きなど、地域運輸局ページの参考例。
11. FAQ
Q1. 株式譲渡なら倉庫業登録の手続きは不要ですか
株式譲渡では登録主体である法人が変わらないため、登録そのものの承継問題は比較的シンプルです。ただし、役員、商号、住所、営業所、料金、倉庫施設、倉庫管理主任者、定期報告担当が変わる場合は、別の届出・変更確認が必要になり得ます。株主変更だけでなく、クロージング時に何が変わるかを項目別に確認してください。
Q2. 倉庫管理主任者の講習修了者がいれば十分ですか
講習修了は選任要件の一つになり得ますが、それだけでPMIが安全になるわけではありません。対象倉庫の現場を理解しているか、火災・労災・荷主クレームへの対応を回せるか、従業員研修を実施できるか、退任予定がないかを確認します。逆に、実務経験に基づいて選任されている人がいる場合は、その経験根拠と後任候補を確認します。
Q3. 料金表の変更はM&A後に営業部が進めればよいですか
料金改定は営業上の交渉だけでなく、行政届出、寄託約款、荷主契約、請求システム、ウェブ掲載、現場作業範囲とつながります。M&A後に営業部だけで進めると、届出や契約改定が遅れ、値上げ効果が出る時期が後ろ倒しになります。DD段階で、料金表、個別契約、無償作業、届出要否を整理しておくべきです。
Q4. 登録情報と現場実態に小さなズレがあった場合、すぐ価格を下げるべきですか
まず、ズレの内容、是正方法、行政確認の要否、荷主への影響、費用、期間を分けて評価します。単なる資料更新で済む場合と、施設改修・契約変更・運用制限が必要な場合では意味が違います。価格調整だけでなく、クロージング条件、売り手協力義務、PMIタスク、補償条項を組み合わせる方が実務的です。
まとめ:倉庫M&Aの登録維持は、紙ではなく人と予定表で守る
倉庫M&Aで倉庫管理主任者・変更届DDを行う目的は、書類の不備を探すことではありません。買収後も営業倉庫として安全に預かり、荷主に説明し、行政手続きを期限内に行い、現場教育を継続するためです。登録通知書がある、処分歴がない、現場長がいる、というだけでは足りません。登録主体、倉庫施設、倉庫管理主任者、料金、約款、定期報告、事故対応を一枚の表で見て、スキーム別に必要手続きへ落とし、Day1から100日までのPMIカレンダーにすることが重要です。
売り手は、登録倉庫一覧、管理主任者配置表、届出控え、料金表、定期報告、事故履歴を事前に整理することで、買い手に「承継できる会社」であることを示せます。買い手は、行政手続きと現場運用を分けず、倉庫管理主任者の継続・後任育成・料金改定・荷主説明を一体で設計することで、買収後の混乱を減らせます。倉庫M&Aの成否は、契約締結時の価格だけでなく、クロージング後にいつも通り荷物を預かれるかで決まります。
